手術はいつ受ける?
(2021/5/23) 
 少し古いデータですが、高齢者は、ほぼ全員白内障になるそうです(白内障手術をめぐる現在の環境)。 

 このデータの出典元では、次のように説明しています( 「科学的根拠(evidence)に基づく白内障診療ガイドラインの策定に関する研究-患者用説明書-」)。 
 初期混濁も含めると白内障は50歳代で37〜54%、60歳代で66〜83%、70歳代で84〜97%、80歳以上では100%にみられます。 したがって、70歳以上では視力に影響しない初期の混濁を含めるとほとんどの人に白内障が存在することになります。 70歳以上の約30%が手術が必要かまたはすでに手術を受けていると報告されています。 手術が必要になる頻度は男性に比べ女性で多いことが知られています。
 以上の説明から判断すると、自覚症状が出るのは、60歳代では、せいぜい3割ほど、70歳代では半数程度、80歳以上では7〜8割ということになります。そして、80歳以上では全員白内障になる、とはいっても、2〜3割は検査してみて初めて異変が明らかになる程度で、4〜5割は自覚症状は出ているが手術するほどではなく、手術が必要になるほど悪化するのは3割といったところでしょうか。
 手術が必要かどうかは、「白内障は手遅れになる病気ではないので、急いで手術を受ける必要はありません。……ご本人が生活上、不便を感じるようになったときが、手術を受ける時期になります」(いつ手術を受けたらいいの? 日本眼科医会)から、患者自身が決めることと言えそうです。
 私の場合は、眼軸が異常に長い強度の近視だったので、眼内レンズにすることにより、視力が格段に改善しました。うまい具合に白内障になったし、もっと早く手術をすれば良かったとさえ感じています。
 しかし、眼軸が通常の長さなら遠くは良く見えているし、老眼になっても水晶体の調整力が全く失われるわけではありません。軽い白内障になったとしても、水晶体の方が眼内レンズより優れています。本当に「生活上、不便を感じるようになった」かを、十分に検討してから手術するかどうかを判断すれば良いと思います。

点眼薬には、「科学的根拠がない」?
 白内障の進行を遅らせる点眼薬については、2003年に「科学的根拠がない」とする次のような新聞報道がなされ、話題となりました(白内障の点眼薬 問題)。
 失明の原因となる白内障について、厚生労働省研究班が初の診療指針をまとめた。……
……白内障の進行を抑える目的で目薬(成分名ピレノキシン、グルタチオン)や飲み薬(チオプロニン、パロチン)も多用されている。
 研究班はこれらの薬について、過去の臨床試験データを検討したところ、症例数が少なすぎたり、評価方法に客観性が欠けていたり、信頼度の高い試験は殆ど無く、有効性は十分証明されていないことがわかった。
 ピレノキシン(商品名カタリンなど)の目薬は40年以上前に認可され、広く使われている薬で、薬局で買うこともできる。指針は現場への影響を”配慮”し、「投薬を考慮してもよいが、十分な科学的な根拠がないため、充分なインフォームドコンセント(患者への説明と同意)を得た上で使用することが望ましい」としている。また、白内障予防薬として使われることのあるビタミンC、ビタミンE、ベータカロチンについては大規模試験で効果が認められておらず、投与は推奨できない」とした。
 この診療指針は、「科学的根拠(evidence)に基づく白内障診療ガイドラインの策定に関する研究」厚生科学研究補助金(21世紀型医療開拓推進研究事業:EBM分野)のことと思われます。そこでは、次のように述べています。
 承認済の点眼薬、内服薬共に有効性を検討したランダム化比較試験がないか、あってもきわめて少なく、十分に検討されていなかった。 その数少ないランダム化比較試験においても、症例数が少ないことや、効果判定に自覚検査の矯正視力が用いられていること、混濁変化判定の写真撮影の再現性、評価方法が不明確で客観性を欠いていた。 したがって、初期老人性白内障に対し、承認済の点眼薬(ピノレキシン、グルタチオン)、内服薬(チオプロニン、パロチン)の投与を考慮しても良いが、十分な科学的根拠がないため、十分なインフォームドコンセントを得た上で使用することが望ましいと考えられた。 漢方薬は、白内障に対する効果に科学的根拠が無いので勧められないと考えられた。
 それ以外の薬物では、ベンダリン、L-システインは、白内障治療薬としての十分な科学的根拠がないので、十分なインフォームドコンセントを得た上で使用することが望ましく、白内障予防薬として、ビタミンC、ビタミンE、β-カロチンの投与は推奨できないと考えられた。
 この指針について、眼科医は次のように反論しています(白内障の薬は効くの? | 川本眼科(名古屋市南区))。
……ただし、読売新聞は、この報告を間違って解釈して「効かないから使わないほうがよい」かの如くに報じていますが、私をはじめ大多数の眼科医の意見は、「従来通り、白内障薬を使い続けることを推奨する」というものです。
……この報告では、「白内障薬の効果について過去の臨床試験データを今日の基準で検討したところ、有効性が十分証明されているとは言えない」と述べています。この報告自体は眼科医として常識的な内容であり、十分納得できるものです。
注意していただきたいのは、この報告が白内障薬の効果を否定したわけではないことです。
 別の眼科医は次のように述べています(白内障の薬物治療|広辻眼科)。
……2003年6月の読売新聞に「白内障、日本独自の点眼薬治療:科学的根拠なし、予防薬も推奨できず」という記事が載りました。厚労省研究班がこれらの薬について、過去の臨床試験データを検討したところ、症例数が少なすぎたり、評価方法に客観性が欠けていたり、信頼度の高い試験は殆ど無く、有効性が十分証明されていないという内容です。私たちが使う薬は、例えば高血圧の薬でも、それを「使うグループ」と「使わないグループ」に振り分けて、一定期間の経過観察ののち、「使うグループ」に間違いなく効果が出ていると統計学的に認められて、初めて認可されます。薬の安全性や、適切な濃度と使用量の検討も行われています(これらを合わせて「治験」と言います)。すなわち、白内障の点眼薬にはこのようなデータに基づく評価が行われていないため、科学的根拠がないとされても仕方がない部分があるということです。一方で、2004年にポーランドと金沢医科大学との共同研究で、59歳以下の群の初期(混濁面積が20%よりも小さい)の皮質白内障にピレノキシン点眼治療を開始した場合、コントロール群と比較して白内障進行の抑制効果がみられたという結果が報告されました。残念ながら、混濁面積が20%よりも大きい皮質白内障や、核白内障、後嚢下白内障、60歳以上の白内障群では進行抑制効果はなかったという結果でした。ヒトを対象にした他の報告はあまりなく、この一報だけで点眼薬の効果を証明するのは少し難しいところです。……
……白内障の点眼薬には使う選択肢も使わない選択肢もあります。「少しでも手術するまでの期間が伸びれば儲けもの」、くらいの気持ちで使うのがちょうどいい具合なのかもしれません。
 高血圧やコレステロール値を下げる薬に効果があることは疑問のないところです。実際使ってみると、効果は測定値として確認できます。
 しかし、白内障の場合は、進行度合いを数値として確認できるわけではありません。また、進行が抑制されたとしても、薬を使わなくても進行しなかったのかもしれません。
 そもそも、白内障の原因は良く分かっていないのですから、ある要因について薬に効果があったとしても、他の要因で白内障なっている場合は、その薬は効かないことになります。
 白内障治療薬としての効果を、科学的データにより実証することは、至難の業なのかもしれません。

何となく、半世紀も使い続けられてきた?
 薬学研究者から次のような指摘もあります(白内障の病態および治療の現状と今後の展望)。現在使われている白内障治療薬は40〜50年も前に承認されたものであり、薬理作用や薬効に関する学術論文は少なく、内容も不十分であるということです。「有用性を実感している患者も少なくないのではないだろうか」ということですが、薬を使っても良く見えるようになるわけではないのに有用性を実感するかは疑問に思います。有効性を十分に検証することなく、何となく、半世紀も使い続けられてきたということでしょうか。
 現在,我が国で白内障治療薬として使用されているのは,ピレノキシン(カタリン,カリーユニなど)およびグルタチオン(グルタチオン)の点眼薬と,チオプロニン(チオラ)や唾液腺ホルモン(パロチン)などの内服薬である.これらの薬物は,いずれも白内障の進行抑制を期待して投与されるものであり,白内障を完治させたり視機能を回復させたりすることはできない.白内障の治療薬に関しては,2002年に「白内障治療薬の現状:エビデンスはあるのか?」という厚生科学研究費補助金の助成を受けた論文9)により発表され,白内障治療薬の効果に疑問が投げかけられた.前述の薬物は40〜50年も前に承認されたものであるため,それらの薬の薬理作用や薬効に関する学術論文は少なく,また現在の基準に照らすと,内容も不十分である.それゆえ,過去の論文を精査しても,それらの薬の白内障に対する有効性を証明することはできない.しかし眼科領域では,それらの薬を長く初期症状の進行を遅らせる目的で多くの白内障患者に使用してきたので,その有用性を実感している患者も少なくないのではないだろうか.個人によって白内障症状の進行速度は異なるため,長期間変化が見られない場合もあれば,短期間のうちに急速に悪化する場合もある.したがって,眼科において白内障の状態を慎重に把握しながら,薬物療法を継続するのか,あるいは外科的手術を実施するのかを決断する必要がある.
 また、研究者は次のように述べ、予防・治療薬の開発の必要性を訴えています。
我が国で使用されている白内障治療薬は,副作用が少ないとはいえ明確な薬効を証明できないものばかりである.したがって,白内障の治療に外科的手術はなくてはならないものである.しかし,眼内レンズは生きた水晶体のような焦点調節機能を欠くため,ある程度の不便さを我慢しなければならない.また種々の事情から,実際上,外科的手術を施行できない患者もいる.このように,外科的手術にも問題点がないわけではない.さらに,発展途上国の医療の現状などを考えると,有効な白内障の予防・治療薬の開発はどうしても必要である.
 「副作用が少ないとはいえ明確な薬効を証明できないものばかり」ということですから、有害ではないが必ずしも有益ともいえないということでしょうか。最終的には手術で解決すれば良いとも言えそうですが、水晶体の方が眼内レンズより優れているのは確かだし、水晶体を破壊し吸い出すような手術はできれば避けたいところですから、「有効な白内障の予防・治療薬」が開発できれば、それに越したことはないと思います。