術後3年で2割が後発白内障
(2021/8/25) 
 白内障の術後合併症で心配なのは後発白内障です。
 海外の文献(1998年)によると、「発生率は術後1年で11.8%(9.3-14.3%)、術後3年で20.7%(16.6-24.9%)、術後5年で28.4%(18.4-38.4%)」ということです(科学的根拠(evidence)に基づく白内障診療ガイドラインの策定に関する研究)。

原因は上皮細胞の増殖
 後発白内障は水晶体上皮細胞が再増殖することで起こる後囊混濁で、発生のメカニズムは次のようになっています(眼科診療クオリファイ)。

 これらのイラストは、手術後の水晶体部分の水平断面図で、上が眼の前方となっています。水色は水晶体囊(すいしょうたいのう=水晶体を包む薄い袋)です。手術では水晶体囊の前方部分を丸く切り取り、水晶体の中身を砕いて吸い出し、眼内レンズ(薄茶色)を挿入します。術後6ヶ月以内に前囊収縮が発生し、1年過ぎたころから後発白内障が発生し始めます。

前囊収縮は「ほとんど視機能に影響しない」
 術後しばらくすると、水晶体上皮細胞が線維性の細胞に変化し、次の写真(日本白内障学会>前嚢収縮・後発白内障)のように、水晶体囊の欠損部分を修復し始めます。これが、前囊収縮です。「前嚢収縮は術後6ケ月以内が最も進行しやすいといわれていますが、ほとんど視機能に影響しません」が、線維性の細胞は混濁しているので、前囊収縮が進みすぎると視力に影響が出るようになります。

 その場合は、次のように(教育セミナー:前嚢収縮および後発白内障への対処法 獨協医大 永田万由美)、YAGレーザーで広がりすぎた前囊収縮部分に切れ目を入れると、切開部分が再び広がり、視力が回復します。


水晶体囊は硬化し、次第に収縮
 水晶体囊と水晶体および眼内レンズの関係は次のようになっています。
 まず、手術前の水晶体の構造は次のようになっています(新しい眼内レンズの開発 SML | 株式会社MIRAI EYE(ミライアイ))。イラストは水平断面図で、水色の部分は角膜です。

 一方、手術後は次のようになります。水晶体に比べ、眼内レンズは、かなり平べったいので、水晶体囊も平らに押しつぶされた形になります。前囊部分が大きく切り取られているので、水晶体囊は張りを失い、左右に引き伸ばされます。張りを失った水晶体囊は硬化し、次第に収縮することになります。


水晶体は生涯成長し続ける
 水晶体の構造をより詳しくみると次のようになります(日本白内障学会>水晶体の構造と再生)。イラストは水平断面図で上が前方です。水晶体上皮細胞は、水晶体の前面を覆っている薄い膜で、水晶体囊の内側に密着しています。赤道部(前から見ると眼の周辺部)付近の上皮細胞は増殖帯となっていています。増殖帯で分裂し増殖した上皮細胞は細長い繊維細胞に変化します。繊維細胞の内部組織は分解して、たんぱく質と水で満たされた透明な組織となります。透明になった繊維細胞は積み重なって、水晶体の外辺部の層を形作ります。かくして、水晶体は生涯成長し続けることになります。

 白内障手術では、水晶体囊の前囊を大きく切り取りますが、このとき上皮細胞も同時に切除され、砕かれた水晶体とともに吸い出されます。しかし、上皮細胞の増殖帯部分は、切り取られず残った水晶体囊に密着しているので、そのまま残存します。 
 そして、術後1年ほどして、破壊された水晶体組織を再建するために、増殖帯から細胞分裂が始まります。増殖した上皮細胞は、本来ならば透明な水晶体繊維に変化するはずですが、不透明なまま眼内レンズの裏側に移動し集積します。これが、後発白内障発生のメカニズムです。
 それならば、増殖帯を含めて切除するように水晶体囊の前半分をもっと大きく切り取れば良さそうですが、そうすると、眼内レンズを安定して固定することが困難となるので、増殖帯部分の上皮細胞を残さざるを得ないのかもしれません。

囊屈曲形成で抑制の可能性
 したがって、増殖帯からの分裂増殖が遺伝子情報に組み込まれているとするなら、後発白内障の発生は不可避ともいえそうですが、次のように囊屈曲が形成されれば、抑制の可能性はあるようです(専門医のための眼科診療クオリファイ )。

 術後しばらくすると、水晶体囊(水色部分)は収縮し始めますが、眼内レンズ(IOL)の端が鋭角になっていると、収縮した水晶体囊は眼内レンズと直角にぴったり密着します。これが囊屈曲です。囊屈曲が形成されると、増殖した上皮細胞(LEC)は、眼内レンズの裏側に進展(進入)しにくくなります。一方、眼内レンズの端が丸くなっていると、囊屈曲は形成されないので、増殖した上皮細胞は眼内レンズの裏側に進展し、後発白内障が発生します。


 以上が後発白内障発生のメカニズムです。まとめると次のようになります( 教育セミナー:   前嚢収縮および後発白内障への対処法 獨協医大 永田万由美)。

  後発白内障はレーザーを使って濁りを取ることができます(術後の合併症は、何に気をつければよいですか?)。

 混濁した上皮細胞と一緒に水晶体囊も破壊するので、後発白内障が再発することはありません。費用は、3割負担で5000円程度です(レーザー手術 | 高田眼科)。

粘弾性物質の残存が影響
 白内障手術では粘弾性物質を注入しますが、粘弾性物質を囊内に残ると前囊収縮と後発白内障が発生しやすくなるという実験研究報告があります(術後囊内残存粘弾性物質と前囊収縮・後発白内障)。  
 実験では、日本白色家兎を5羽用意し、両眼に眼内レンズを挿入し、片眼は粘弾性物質を完全に吸引除去し,もう片眼は前房中の粘弾性物質のみ吸引除去し,囊内の粘弾性物質は残存させました。前囊収縮を比較するために、術後1週間と術後3週間に前眼部徹照像を撮影し、後発白内障は術後3週で眼球を摘出し組織学的に解析しました。
 その結果、前囊切開窓面積は、粘弾性物質を残存させた眼では、術後3週間で半分ぐらいまで縮小しています。粘弾性物質を完全に吸引除去した眼では、逆に少し拡大していますから、粘弾性物質の残存は、前囊収縮の発生を促したものと推測されます。

 一方、後囊中央部の組織厚は、粘弾性物質を残存させた眼では、粘弾性物質を完全に吸引除去した眼に比べ、4倍近く増えています。後発白内障においても、粘弾性物質の残存は、顕著な影響を及ぼしています。

 これらの結果について、この研究報告の筆者は次のように分析しています。
 今回筆者らは,手術手技も囊の接着に影響すると考えた.粘弾性物質は白内障手術に有効なデバイスであるが,IOL 後面に残存した粘弾性物質を吸引除去することは煩雑な操作であり,術後に残存してしまうこともある.今回の実験的検討により,IOL 挿入時に使用される粘弾性物質を囊内に残すと前囊収縮と後発白内障が発生しやすくなることがわかった.組織学的に観察すると IOL 後面に水晶体上皮細胞が増殖している様子がわかり,水晶体囊内に残存した粘弾性物質により水晶体囊と IOL の密着が物理的に妨げられ,水晶体上皮細胞の伸展・増殖が進んだと予測できる.また,後発白内障同様に前囊収縮も同様の結果が得られ,術後早期の水晶体囊と IOL の接着が後発白内障と前囊収縮の抑制に重要であることがわかった.粘弾性物質を残存しても後発白内障の程度が少ない症例もあり,今後粘弾性物質の動態などを検証していく必要があるが,白内障術後合併症である前囊収縮,後発白内障を抑制するために,術中に粘弾性物質を囊内からできるだけ吸引除去することが必要であると思われた.発生原因として囊接着以外にも粘弾性物質残存による炎症なども原因になりうるため,今後は粘弾性物質の種類や量による相違などさらなる解析が必要である.
 @水晶体囊内に残存した粘弾性物質が、水晶体囊と眼内レンズ(IOL)の密着を妨げ、A水晶体囊と眼内レンズの隙間に増殖した水晶体上皮細胞が進展、B増殖した水晶体上皮細胞は混濁したまま透明化されないので視力が低下する、というのが後発白内障の原因とするなら、「後発白内障を抑制するために,術中に粘弾性物質を囊内からできるだけ吸引除去することが必要である」ということになります。
 一方、別の動物実験では、ウサギの眼球に投与したヒアルロン酸ナトリウム(粘弾性物質)の残存量は次のように推移しています( ヒーロン R 眼粘弾剤2.3%シリンジ0.6mL インタビューフォーム)。
 ウサギの眼球の前房内に投与したヒアルロン酸ナトリウムは低分子化されることなく、投与後12時間までは投与量の約92%が房水中に残存したが、48時間までに前房内よりほぼ100%消失した。
ウサギの前房内に先発製剤「ヒーロンV0.6」を50μLにて投与した後のヒアルロン酸の投与量に対する割合 (雌雄2匹ずつn=4/ポイント、平均値±標準偏差)
 このデータでは、房水中のヒアルロン酸ナトリウムは48時間までに前房内よりほぼ100%消失したということです。前房中の粘弾性物質を、しっかり吸引除去しなかった場合、術後一時的に眼圧が急上昇します。この眼圧上昇は、48時間経てば収まります。しかし、眼圧が正常に戻ったとしても、囊内に粘弾性物質が残存していれば、後発白内障発生の危険性は残ります。
 前房中の粘弾性物質を十分に吸引除去しても、囊内の粘弾性物質をしっかり吸引除去しなければ、やはり後発白内障発生の可能性は残ります。しかし、前房中の粘弾性物質すら十分に吸引除去できていなければ、当然、囊内に粘弾性物質が残存することになります。
 したがって、術後一時的に眼圧が急上昇した場合は、かなりの確立で後発白内障が発生する可能性があるものと、覚悟しておく必要がありそうです。

合併症の説明義務違反で損害賠償
 後発白内障について、次のような説明があります(後発白内障とその治療/医学小知識)。
治療が必要なほど後嚢混濁を起こす人は、手術をした人の100人に1〜2人ぐらいですので心配することはありません。たとえ後発白内障になっても簡単に治せるので問題ありません。 
 しかし、後発白内障手術(YAG レーザー後嚢切開術)を受けた患者が、起こした損害賠償請求訴訟では、合併症に関する説明義務違反があったとして、請求の一部が認められたという報告があります(後発白内障手術の合併症に関する説明義務-メディカルオンライン医療裁判研究会)。
 この報告では、合併症について次のように説明しています。
YAG レーザー後嚢切開術は,数分間で終了する簡便かつ低侵襲の手術であり,通常,入院の必要性はなく,術後,日常生活に特段の支障も生じない。後嚢切開術の術中合併症には,眼内レンズのピット(眼内レンズ表面の小孔)またはクラック(眼内レンズの断裂)の形成,前房出血,眼内レンズの硝子体内への落下等があり,術後合併症には,飛蚊症,虹彩炎,一過性眼圧上昇,緑内障,黄斑浮腫,網膜剥離等があるが,重篤な合併症を発症することは少ない。
 この手術の結果、眼内レンズにピット等(眼内レンズの表面の小孔やレンズの断裂)の形成が確認されましたが、裁判では眼科医の注意義務違反は認められませんでした。ただし、合併症に関する説明義務違反は認め、患者の自己決定権を侵害したとして55万円の損害賠償の支払いが命じられました。
 この報告では、自己決定権の侵害の有無について次のように説明しています。
医師からの説明を受けて,本件手術について同意したが,自らの意思で本件手術を受けるか否かを決定するために必要な,眼内レンズが破損するおそれなどの後発白内障の合併症についての十分な説明が受けられなかったのであるから,これによって自己決定権を侵害されたものということができる。
 つまり、合併症についての十分な説明があれば、慎重に眼科医を選択しえたのであるから、説明義務違反⇒自己決定権侵害となるということです。
 注意義務違反=医療ミスについては、賠償を請求する患者が、ミスの内容と責任を立証しなければならないので、裁判に勝つのは極めて困難です。
 説明義務違反についても同様の問題があります。この訴訟でも、第一審の東京地裁は、証拠および弁論の全趣旨から、「説明義務違反があったなどとは到底いえない」と判断しています。
 これに対して、控訴審の東京高裁は、合併症の説明をしたことを「客観的に裏付ける証拠がない」と指摘し、状況証拠を積み重ねることにより、説明義務違反を認めました。
 本来は医師が行うべき重要事項の説明を看護師に任せ、しかも看護師はマニュアルを読み上げるだけと言うのが、現在の医療の実情であることを思えば、この東京高裁の判断は、患者の視点に立って、医療のあるべき姿を問うものであると言えるでしょう。